RAMEN WONK KYUSHU
Ramen Writer _ Toshiyuki Kamimura
©RAMEN WONK KYUSU

RAMEN CULTURE

九州豚骨ラーメン文化考

Writer
Toshiyuki Kamimura

《其の三》福岡「馬出中央商店街」に博多ラーメンの原風景を見る

ひなびた商店街がにわかにラーメンで沸いている

福岡市・東区に「馬出(まいだし)中央商店街」という名のこじんまりとした商店街がある。西新や上川端など福岡を代表する商店街に比べるとお世辞にも活気があるとは言えない。周辺の団地の開発とともに昭和50年代に生まれ賑わっていたが、全国の地方にある商店街に類を漏れず今はひなびてしまっている。ほとんどの店のシャッターが閉まり、人通りもまばら。観光客はもちろん、福岡人でもここの存在を知る者は少ないだろう。

しかし、この路上遺産的な馬出中央商店街が昨今コアなラーメンファンから熱視線を浴びている。

もともとこの商店街では、1952(昭和27)年に創業し博多ラーメンの礎を作った重鎮「博龍軒」、そして屋台から始まった夜専店「一楽」がひっそりと営業していた。そこに2019年4月に「駒や」がオープン。さらに2020年7月には「ぶんりゅう」も約25年ぶりにこの地へ戻ってきた。狭い一角にラーメン4店、しかもすべてが豚骨専門という激戦エリアへと一気に変貌したのだ。

ラーメンの作り手も食べ手も、この商店街で育ってきた

今回、この馬出中央商店街での“豚骨はしご”を勧める理由。第一には、福岡の古き良き味を残したヴィンテージ豚骨がそろっていること。そしてもう一つ。作り手の皆がこの界隈で育つなど地域にゆかりがあり、商店街自体に深い愛をもっているということだ。“箱ものではないラーメン商店街”または“豚骨パーク”。それは少しかっこよく言い過ぎだけれど、リアルな生活感があり、昭和レトロな雰囲気に包まれた商店街での啜り旅はきっと特別なものになるだろう。以下、同商店街の中から「駒や」「ぶんりゅう」「博龍軒」を詳しく紹介したい。

クラシカルかつ新しい“博多シャバ系”とは。「駒や」

「駒や」のラーメン(¥600)。仕上げに上澄みの脂をかけ茶濁のマーブル柄に

馬出中央商店街が昨今、改めて注目されるようになったのは「駒や」(2019年4月オープン)の功績が大きい。店主は倉田承司さん(1977年生まれ)。この地で生まれ育った生粋の“馬出っ子”である。

「小学生の頃は商店街をいつも走り回っていて、ラーメンといえば『ハクリュウ』(=博龍軒)、近くにあった『箱崎だるま』(現:博多だるま)や『赤のれん』にもよく行っていました。とにかく豚骨ラーメンが好きでしたね」(倉田店主)

自身で営んでいた鉄板焼き店の厨房を改造した。寸胴は炊く釜と営業用釜の2本。麺は羽釜で泳がせる。倉田店主のポロシャツには“豚骨馬鹿”の文字が

時は流れ料理の道に入った倉田さんは、馬出中央商店街に鉄板焼きの居酒屋を出す。常連客とのふとした会話がラーメンへと転身するきっかけとなった。
「古い地元の客と“幼少の頃に親しんだ、愛すべき“臭い”豚骨ってあまりないよね”と話になって、じゃあ俺が作っちゃるよ! と軽い気持ちで言っちゃった。 ラーメン修業をしたことがないので、自分なりに古の博多豚骨の記憶を呼び起こしながら作り込んでいったのですが、それは苦労しましたね」(倉田店主)

当初、鉄板焼き店の限定メニューとして出していたラーメンは、瞬く間に人気を集め、ラーメン専門店へと舵を切ることへなった。

「駒や」のラーメンは豚骨ファンから“博多シャバ系”として親しまれている。第一の特徴は、スープの粘度がドロドロでなくサラリとしていること。そして、芳しい豚骨フレーバーが鼻に抜け、塩気と甘さのバランスが絶妙。一見シンプルなクラシカル豚骨であるが、スープを口に含むと、コクと旨味が幾重にも広がり新しさも感じる。重厚感ではなく、飲みやすさと旨味を追求した一杯。

豚骨濃度は決して高くないが旨味の詰まった豚骨スープ。福岡ヤマタカ醤油を基本とした元ダレが、ふくよかな甘みを添える 

完全我流で編み出したものゆえ、その製法は一般的な豚骨スープのセオリーとは異なるものだ。まずは、豚骨を煮込む過程で強火の時間が圧倒的に少ない。ガツガツ炊いて、砕いて乳化させるのでなく、弱火でじっくりコトコトと、骨でダシをひくイメージ。また、普通は繰り返しダシを取った古い骨と、新しい骨を入れ替える“骨替え”という作業があるが、同店にはない。一度、骨を入れたら極力触らず、鍋蓋も空けず。寸胴内で骨が擦れ合う音などで判断して火加減を調整。豚骨が自然とボロボロになるまで煮込むため骨替えは必要なく、余分な骨粉のみをすくっている。

「自分の記憶の中にある昭和の豚骨ラーメン。強力なバーナーもなかっただろうから先人たちも“弱火を駆使して”ダシを取ってたんじゃないかと想像して、この手法に行き着きました。一番こだわっている点は豚骨の旨味の全てを逃さないということ。よく豚骨ラーメン店のダクトから外に臭いが出ていることがあるじゃないですか。私的には、あの臭いすらもったいないと思っていて寸胴の中に留めておきたい。だから煮込み中は蓋も開けたくないんです」(倉田店主)

「僕は特に師匠がいるわけでないので、我がラーメン道を自由にやらせていただいてます。スープがシャバシャバでしょ!」と笑う倉田店主

駒や

住所 : 福岡市東区馬出2-5-7
電話 : 092-292-9480
営業時間 : 11:00〜15:00、18:00〜翌1:00、売切れ次第終了
休み : 月曜
席数 : 7席
駐車場 : なし

長浜ラーメンを知り尽くす卓抜の職人 「ぶんりゅう」

「ぶんりゅう」のラーメン(¥600)。なみなみのスープで“ネギだく”!

「駒や」の2軒隣で営業する、「ぶんりゅう」大将の渡辺友隆さんは現在64歳。ラーメン歴は40年にもなる。福岡市・那の津で同名の長浜ラーメン店を営んでいて、かつて支店のあった馬出中央商店街に移転する形で戻ってきた。ここではおよそ25年ぶり。今年7月に再開したばかりだが、近所の家族連れで賑わい、店前を通る小学生が挨拶をしていく。ラーメン屋のおいちゃんとして早くも馴染んでいるようだ。

「ぶんりゅう」では、大将の麺上げ技術、古の道具も見てもらいたい

店前を通り過ぎる子供たちの挨拶に笑顔で答える渡辺店主

渡辺さんはトラック運転手からラーメンの世界へ。ガンソ(元祖長浜屋)で修業した経歴をもつ。最盛期は1時間に300玉もの麺を上げていた熟練の職人。

「ラーメン人生の集大成として、目の前の客だけをもてなすカウンター店を」――馬出店の再開にはそんな思いがあった。
ゆるーく、無駄のない動き。平ザルを使う渡辺さんの麺上げの技術はとにかく見事だ。ザルの上で麺を2回切って、くるっとひっくり返してもう1回。手首のスナップで操る網の上に麺が着地する度に“パシッ、パシッ”と心地よい音がする。そして、珍しい長方形の麺茹で釜にも注目してもらいたい。底が丸い釜は全体に対流が起こるのに対し、長方形でかつ広めのものは火をかけた上部が中心となるので、多くの麺を入れても管理しやすく、1玉ずつ取り出しやすい。麺を泳がせることと効率を両立した道具だ。これも古の長浜ラーメンの知恵である。

古くから使う長浜ラーメンの道具が壁にかけられている。スープを濾すために、鍋の形に合わせ変形させた網、豚骨を引っ掛けるカギのついた棒など

スープの材料は豚のゲンコツと皮と背脂。フレッシュさにこだわる“取りきり”手法で、血合いやアクを取り除き、さらに細かい網で3段階に渡り丁寧に濾す。
飲み口はライトでコク深い。自家製細麺のパツパツした歯わざりと程よい粉感もいい。チャーシューのバシッとした塩気、博多ネギの食感も効いている。

「スープの材料である豚皮も昔はたっぷりと背脂、肉も付いていたから分厚くてより芳醇な旨味が出ていた。手作業から機械で皮をはぐようになって薄くなってしまったけどね」と長浜ラーメン歴史を語る渡辺店主

ちなみに「駒や」もそうだが、「ぶんりゅう」でも、レンゲは客からの要望がないと出していない。これは、丼ごと鼻に近づけてスープを飲むからこそ香りが花開く、という強いこだわりを各店主がもっているから。
ぜひそれを体感するべく、まずは丼ぶりを両手で持ってズズッといっていただきたい。

「ぶんりゅう」では要望しないとレンゲは出てこない。古のスタイルに習い、両手でがっちり持って飲むべし

ほら、子どもたちだってこんな風に。

ぶんりゅう

住所 : 福岡市東区馬出2-5
電話 : 080-2744-5286
営業時間 : 11:00〜14:30、17:30〜20:30、夜は月、水、金曜のみ営業
休み : 第1日曜
席数 : 8席
駐車場 : なし

商店街奥に佇む博多ラーメンのレジェンド 「博龍軒」

「博龍軒」のラーメン(¥600)

商店街の奥に進んでいくと、ひと際オーラを放つ佇まいの老舗がある。これこそ、博多ラーメンの源流とされる、1952(昭和27)年創業の「博龍軒」。博多初のラーメン店は1940(昭和15)年創業の屋台「三馬路」(現在の「うま馬」、濁りの少ない醤油スープ)であり、その後、「博龍軒」初代・山平進さんが麺打ち、「赤のれん」の津田茂さん(赤のれん節ちゃんラーメン現店主の祖父)がスープ作りを担当し、現在一般的な博多ラーメンの原型を編み出した。

さらに、山平進さんの元で修行した親戚が、「博龍軒」の開店から6年後の1958(昭和33)年に大分「中津宝来軒」を開業。中津、豊前エリアはじめ、大分の麺文化にも多大な影響を与えていくこととなる(大分ラーメンについてもまた詳しく触れたい)。とにかく「博龍軒」は、博多ラーメンを語る上で欠かせないレジェンド的存在。現在は、創業者の山平進さんから継いだ新垣弥一さんの娘(厚子さん)、息子(広昭さん)が暖簾を守っている。

店内に入るとL字カウンター7席のみ。目の前で広昭さんが、茹でる前の麺を両手で包むように丁寧ほぐし、秤にのせている。麺は純白に近いきれいな色合いで、ほぐれてフワリと広がる様子が美しい。この自家製“細平麺”こそ「博龍軒」「赤のれん」系の最大の特徴。

「博龍軒」は創業以来自家製麺。独特の“細平麺”である

広昭さんも父から製麺技術を受け継ぎ、麺の形状、太さ、加水率と変わらぬ味を頑なに守ってきた。

羽釜で麺を泳がせ、平網ですくう

「ラーメンのスタイルも使っている道具も古いのでよく珍しがられますが、私としては父から継承したものをそのままやっているだけで、特別なことをしている感覚じゃないですよ。父は引退した後も亡くなるその日まで店に来て常連さんと話しながら、僕たちの仕事ぶりを見ていました。懐かしいですね」(広昭さん)

先ほど「ぶんりゅう」でも少し触れたが、名店は“音”でも楽しませてくれるものだ。広昭さんが操る平網の上でシャシャッ!と舞う麺の音、そして鍋の縁に網ごと打ち付け湯切りするカンカンッ!という音。羽釜の木蓋をカポッ!と閉める音。まさに、いにしえの博多ラーメンの音風景。

ワンタンメンは¥850

茶褐色の豚骨スープ。煮込む過程で骨から自然に染み出る油分なので、ギトギトせず口当たりはライト。それに、自家製細平麺がよく絡みつく。トッピングはワンタンがおすすめ。チュルリと口に飛び込み、挽き肉の旨味が豚骨スープと共に広がる。餡も自家製で、一つずつ皮を伸ばして手包み。

筆者の汚い口元で申し訳ないが、この瞬間が至福なのである

暖簾が裏向きになっているのは、破れた部分が客の顔に引っかからないように。ご愛嬌である

博龍軒

住所 : 福岡市東区馬出2-5-23
電話 : 092-651-3502
営業時間 : 10:30〜15:30
休み : 月、木曜
席数 : 7席
駐車場 : 2台

今回は、福岡市・東区「馬出中央商店街」にあるラーメン店を巡ってきた。すべて豚骨、しかも大枠でいうと同じ“昭和の博多ラーメン”というカテゴリなのだが、それぞれで味わい、作り方が異なるのがおもしろい。

駒や=話題の博多シャバ系
ぶんりゅう=昭和中期の長浜ラーメン
博龍軒=博多ラーメンの草創期味わい


それぞれの魅力を抑えて、ぜひ3店ともはしごしてもらいたい。

編集後記

いわゆるラーメン激戦区、食べ歩きのできるエリアは福岡にたくさんありますが、「馬出中央商店街」は、人情味、大将自身の“味”をより感じることができるのが魅力。古のラーメンの道具も見られ、特に「ぶんりゅう」では「昔は仕入れる豚の皮も手ではいでいたから肉や背脂も程よく付いていた」とか「豚骨を巨大なハンマーで砕いていた」とか生々しい話も。よりデイープな博多ラーメン文化に触れたい方はぜひ。

馬出中央商店街「駒や」のラーメン

「博龍軒」のワンタンメン

「ぶんりゅう」は近所の子供たちで賑わっていた

ほとんどの店のシャッターが閉まっているが「駒や」「ぶんりゅう」は2軒隣で営業中

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