《其の一》福岡「辛子高菜カルチャー」の奥深き世界
福岡ラーメンの代表的なトッピングが辛子高菜。
今回は、“辛子高菜も旨い”という観点で福岡の名ラーメン店を紹介したい。
スープに細かい気泡ができる“泡系”、透明スープの“クリア豚骨”、はたまた洗練の“非豚骨”(豚骨を使わないラーメン)。
いま福岡のラーメン界を賑わせているこれら旬な麺々を案内する手もあったのだが、何故真っ先に「辛子高菜」か?
胸を張って答えよう……ただただ筆者が高菜偏愛者だから(熱く語れる場を待っていた!)。
日常的に啜っている福岡の豚骨ラバーはラーメン、サイドメニューはもちろん、辛子高菜も店の総合的な魅力の一要素として強いこだわりを持っている。「無料か否か」「辛さや漬け具合」がまず考察する基本ポイント。そして、ラーメンに投入するタイミング、もしくはラーメンには絶対に入れずに焼き飯と共に、いやそこは白飯やろうなどと、筆者も含めおのおのが高菜愛を熱く語り出す(めんどくさっ)。さらに、独自の味を高菜に入れる作り手の思い。サービス品で大量に消費されるものがゆえのラーメン1杯の値段や高菜の辛さ設定への苦悩。そこまで深堀りすれば、卓上で佇む高菜が愛おしく見えてくる。たまにお尻が熱くなることにもひるまず、辛子高菜の旨い豚骨店へ駆け込もう。
辛子高菜は大将の“心意気”が現れるもの
福岡の豚骨ラーメンの代表的な具材が紅ショウガと辛子高菜だ。どちらも発祥について言い切ることは難しいが、久留米で八女特産の干しタケノコを食紅で染めて出していた昭和20年代の屋台が紅ショウガの源流(久留米ラーメン東洋軒@小倉で見られるようなスタイル)で、後にタケノコが品薄になったためショウガで代用。福岡市内においては1946(昭和21)年創業の「赤のれん」が豚骨ラーメンに紅ショウガをのせた先駆けであったと筆者は考えている。
一方、辛子高菜においてはラーメン店だけでなく、福岡に現存する老舗うどん店でも見られる(黒くてむちゃくちゃ辛いタイプ)ため、始まりを特定するのはより難しい。だが、宮崎ラーメン店の多くが出すタクアンはダイコンの名産地である宮崎市田野町に由来、また鹿児島ラーメンでは同じく地元産ダイコンの千枚漬けを小皿で添えるのが習わしになっていることでも分かるように、福岡においての辛子高菜も高菜の栽培が盛んなみやま市瀬高町エリアに端を発しているのは間違いない。
例えば、瀬高にも近い久留米の「丸星ラーメン」(前回記事で紹介)は、1958(昭和33)年の創業間もなくから無料で高菜漬け(辛くないシャキシャキタイプ)を出している。初代の星野吾三郎氏は当時から久留米の中でも安い1杯60円(現在でも450円と激安。当時は80円が周辺の一般的な値段であった)で出していて、店の隣にはトラック運転手のために無料の宿泊所まで作っていた。最初はラーメンだけだったが「白飯も食いたい」との客の要望に応え無料で提供。ラーメン60円で白飯無料、宿泊無料。さすがに悪いと白飯を頼んだ客が10円を追加して置いていくようになった。吾三郎氏はそれならばよりサービス品の総菜を充実させようと、自身で周辺から高菜を仕入れ、漬け物にして出すように。これは、吾三郎氏の次女・和子さんに聞いた話であるが、高菜が今も昔も“大将の心意気を感じるもの”であることが分かるいいエピソードである。
2020年3月、残念ながら長い歴史に幕を下ろしてしまった福岡市の「長浜将軍」(通称:ショーグン)は“元祖からしたかな”と謳っていたが、あそこの無料高菜は大きな坛に入り、さえ箸でザクッと掴めるもので、粗めの刻み具合や辛さも筆者的に理想であった。ラーメンのコスパが良く高菜が無料ということだけで十分嬉しいことなのだが、欲を言うと、よく見る角砂糖を摘むようなトング(先に詰まるんよね〜)を使うより、かつてのショーグンのようにガッツリと取りたい。入れる人は容器を逆さまにして掻き出しているし…(もちろん店主さんの葛藤もわかっています)。
※「長浜将軍」は2021年に復活オープン
高菜話はまだまだ続く。バケツが営業中のサインである「元気一杯」では「辛子高菜から食べると追い出される「という語り草が観光客のみやげ話にもなっていた(今はそんなことはないけれど)。さらに私的に激プッシュ情報で言うと、創業から約30年取材拒否を貫いている福岡市・高砂のラーメン店「吉兜」(よしかぶと)は地元でも隠れた存在であるが、辛子高菜がとにかく激うまで福岡最高峰。また、北九州の「万龍」(ばんりゅう)では、おにぎりに付いている“おまけ”(山盛りだけど)の辛子高菜に根強いファンが付いている。このように、ラーメン好きが愛着を込めて話す高菜話は尽きない。
濃密!かつライト! 博多の若手注目株「麺屋 はし本」
さて、今回も前置きが長くなってしまったが、ここからは福岡市内で気軽に行ける“高菜も旨い豚骨店3軒”を紹介する。まずは、「麺屋 はし本 中洲店」。中洲エリアで豚骨となればやはり「一双」かこの店をチョイスすることが多い。はし本のラーメンはひと言でいえば濃厚濃密系。しかし啜ってみると不思議な感覚になる。レンゲですくった粘度のあるスープは、イメージ通りひと口目からガツンとどっしり感があるのだが、とても口当たりがシルキーで軽さも感じる。
博多一幸舎」での修業を経て、20代で独立開業を果たした店主・橋本力斗氏(平成3年生まれ)に話を聞いた。
「豚頭を使わず大量の豚背骨を煮込み、別取りした豚足のダシを合わせる手法です。背脂やラードは一切使っていません。強火でたぎらせず弱火でじっくりと取るのもポイント。双方のスープを絶妙にブレンドし味に厚みを出し、旨味を重ねていくイメージですね」(橋本氏)
“濃厚”の部分は使う骨の量の多さや豚足のコラーゲンに由来し、同時に感じる“軽やかさは”背脂やラードがゼロのため。加えて、細かい網で何度も濾すことで、よりきめが細かくまろやかな口当たりへなる。
「高菜はどちらかというと白飯に合うように作っています」と橋本氏。シャッキリ感のある漬け具合で、不揃いに切り食感をより立てる。炒めながら一味、ラー油を加えて辛くなり過ぎないように。白飯ありきのため米によく染みるよう高菜の汁気も適度に残してある。濃厚で甘辛い。白飯に合うのはもちろんだが、ラーメンの持ち味を損なわない絶妙の塩梅である。肉厚豚もも肉チャーシューに辛子高菜を巻いて食べるのもいい。
麺屋 はし本 中洲店
住所 :
福岡市博多区中洲2-1-11 プレイスポット新橋ビル1F
電話 :
092-282-0303
営業時間 :
18:00〜翌2:00
休み :
無休
席数 :
13席
駐車場 :
なし
福岡市南区で頭角を表した男味「麺屋 我夢者羅」
2020年5月で開業1周年を迎えた野間の豚骨店「麺屋 我夢者羅」。ガシュッと割った豚のゲンコツをとことん炊き込み、骨髄から旨味を絞り出した重厚な豚骨スープ。福岡ジョーキュウ醤油をベースに煮干しダシなどを調合したカエシがふくよかな甘味、コクを添える。
そして高菜は、セルフコーナーの坛に入れてあり、箸でドカッと掴める。
こちらも食感を残し、辛さ控えめのタイプ。中華鍋で高菜をたっぷりのゴマ油とともに香ばしく炒め、一味や濃い口醤油を加える。味が濃く、酒のつまみにもいい。ビールを頼んで無料の高菜をアテに、なんて使い方もありだ。
「コスト、手間もかかりますが、大衆食であるラーメンの高菜はやはり無料総菜としてお出ししたいですね。正直、辛く味付けするのと、辛さを抑えて味付けするのとでは使われる量が全然違う。かといって、あまり入れて欲しくないから超激辛にするのも違うと思うし。お客様に気持ちよく高菜を使ってもらって、ラーメンの味、1杯の値段とのバランスを判断してもらう。そして替え玉、チャーハン、白飯へとつながるのがいい形ですよね」(江頭店長)
麺屋 我夢者羅
住所 :
福岡市南区野間4-4-35
電話 :
092-287-6836
営業時間 :
11:00〜15:00、18:00〜22:00
休み :
なし
席数 :
12席
駐車場 :
1台(無料)、近隣パーキングの割引あり
“高菜だく”に変化させよ!「風び 原本店」
福岡市街から西に向かう国道202号。激戦のラーメンロードで24年に渡り勝ち抜いているのが「風び 本店」。濃厚豚骨派、そして辛子高菜好きにも一目置かれている店だ。ラーメンはとろみをまとった直球系。豚頭、ゲンコツ、背骨の豚骨3部位を丁寧なアク取りを施しながら煮込み、時間差で豚の皮を折りたたむように寸胴に加える。この皮によりスープの粘度が増し、独特のどっしり感が立つ。ザクザクッと切られたネギがたっぷりと盛られたビジュアルも博多ラーメンらしい一杯。
「風び」の辛子高菜は各卓上に置かれている。今回紹介してきた高菜の中でもしっかりと辛さが入ったタイプ。ラーメンに入れて、白飯、チャーハンに添えて、さらにはおでんの薬味へと、ほとんどの客がこの高菜を取り、使われる量は1週間で約30kgにもなる。
「ウチの高菜は豚骨ラーメンとの相性をとことん追求して開発したもの。塩抜きし水気を切った高菜をラー油で炒めた後に一度冷やし、豆板醤や一味などで辛さを入れていきます。炒める時にラーメンと同じ醤油ダレを加えるのもこだわり。そうすることで辛さ、食感が立ちながらも、豚骨スープとよく馴染む高菜になるんです」(林田店長)
風び 原本店
住所 :
福岡市早良区原4-25-12
電話 :
092-823-1717
営業時間 :
11:00〜24:00
休み :
無休
席数 :
60席
駐車場 :
15台(無料)
今回は辛子高菜について論じてきた。最後に改めて言っておきたいのが「ラーメン・イズ・フリーダムにつき、高菜も自由に楽しんで」ということ。替え玉時に投入するも良し、最初から山盛りのせるも良し。白飯や焼き飯に添えるのも良し。卓上調味料でカスタマイズするも良し。ただし、高菜を用意しているか否かに関わらず、店主たちは声に出さないまでも「手塩にかけたスープ本来の味を楽しんで欲しい」と確実に思っている。まずはレンゲで2、3杯は生スープを楽しんで欲しい。
編集後記
ラーメンの値段を抑えつつ、高菜をサービス品として用意している店主の心意気、企業努力には頭が下がります。辛さ、漬け具合、刻み方などさまざまですが、高菜が旨い店でラーメンがハズれの店はありません。各店で高菜を炒めて味を入れる、“ひと手間”精神が肝心要であるラーメンにも確実に息づいているからです。あくまで脇役の辛子高菜。これからも丁寧にいただきます。